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長野地方裁判所上田支部 平成5年(ワ)109号 判決 1996年3月15日

原告

荻原よし子

外二七名

原告ら代理人弁護士

岩下智和

滝澤修一

町田清

松村文夫

内村修

上條剛

水口洋介

鍛治利秀

被告

丸子警報器株式会社

右代表者代表取締役

塚田正毅

被告代理人弁護士

湯本清

茅根熙和

春原誠

主文

一  被告は、別紙当事者目録1から26の各原告に対し、それぞれ別紙一「損害額一覧表」の「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する平成五年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  別紙当事者目録番号1から26の各原告のその余の請求並びに同目録番号27及び28の各原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、

1  別紙当事者目録番号1から26の各原告に生じた費用はいずれもこれを一〇分し、

(一)  同目録番号1から3及び5の各原告についてはそれぞれその七を同各原告の、その余を被告の負担とし、

(二)  同目録番号4、6及び9の各原告についてはそれぞれその八を同各原告の、その余を被告の負担とし、

(三)  同目録番号7、8及び10から26の各原告についてはそれぞれその九を同各原告の、その余を被告の負担とし、

2  同目録番号27及び28の各原告に生じた費用はいずれも同各原告の負担とし、

3  被告に生じた費用はこれを二八〇分し、

(一)  その各七をそれぞれ同目録番号1から3及び5の各原告の、

(二)  その各八をそれぞれ同目録番号4、6及び9の各原告の、

(三)  その各九をそれぞれ同目録番号7、8及び10から26の各原告の、

(四)  その各一〇をそれぞれ同目録番号27及び28の各原告の、

その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。ただし、被告が各原告に対し前記「認容額」欄記載の各金額の担保を供するときは、右執行を免れることができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らに対し、それぞれ別紙二「債権目録」の「請求債権合計」欄記載の各金員及びこれに対する平成五年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、自動車用警報器等の製造販売会社である被告において女性臨時社員として働く原告らが、被告に対し、不当な賃金差別により損害を受けたとして不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。

一  前提事実

(当事者間に争いのない事実のほか、原告永井喜ぬ代、同田村慶子、証人内田純一、同高野守行、同櫻井誠、同宮沢博、検証の結果(第一、第二回)、甲二、一七、二〇から三九、五七から六一、七四、八二、八六、一一一、一一六、一一九から一二一、一二八、乙三から三八、四四、四八から五〇、五二、五三、七四から八九(以上枝番があるものはこれをすべて含む、証拠摘示につき以下同じ。)、弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

1  当事者

(一) 被告は、自動車用警報器(ホーン)・リレー等の電子部品の製造販売を業とする会社であり、組織としては、営業本部、製造本部、その他に分かれ、その下に各部が置かれている。被告の就業規則には、従業員を、「事務員」「作業員」「嘱託」「臨時傭員」の四種に分ける旨の定めがあり、通常、会社内では、前二者を正社員、後二者(狭義では「臨時傭員」のみ)を臨時社員と呼んでいる。平成六年一月一日現在の従業員数は一五五名であるが、うち一一〇名が正社員(男性八七名、女性二三名)、四五名が臨時社員(女性四三名、男性二名(嘱託))である。その配置は、同年九月一日現在、中心になる製造部に一〇一名(うち臨時社員三七名)のほか、各部に一〇名以内となっている。

(二) 原告らは、いずれも被告の臨時社員であり、営業本部下の製造管理部製品管理課に所属する今井祝江のほかは製造本部下の製造部に所属している。原告らの各入社年月日は昭和四三年一月二二日から平成元年四月二一日であって、別紙三の1、2「原告ら賃金差別一覧表1」、「同一覧表2」の「入社月日」欄各記載のとおりである。例外はあるものの、いずれも原則として雇用期間二か月の雇用契約を更新するという形で継続して勤務している。

2  被告における原告らの労働内容

原告らの従事する業務は以下のようなものがあり、勤務時間は通常午前八時二〇分から午後五時までで、他の正社員と同じである(ただし、午後四時四五分から一五分間は残業扱い。)。勤務日数も正社員と同じであり、いわゆるQCサークル活動にも正社員とほぼ同様に参加している。

(一) ホーン及びリレー等の組立・検査

製造本部内の製造部のうち、製造第二課から第七課及び電子課は、ホーン及びリレー等の製造ラインであり、それぞれのラインは、手渡し又は自動機によるいわゆる流れ作業で、各製品や部品を組立・検査するため、数工程に分かれている。ホーンの検査工程は男性正社員が固定して担当しているが、その他の各ライン工程は女性正社員及び女性臨時社員が担当し、正社員、臨時社員の区別なく二時間(第七課は一日)を単位とした順送りで担当工程を交替する。原告滝沢弘子及び同今井祝江を除く原告らは、これらのライン作業に従事している。

なお、右各課には、課長、課長補佐、係長及び副係長並びに役職のない男性正社員がいるが、課長が課全体の管理・統括業務を行っているほか、他の社員が製品の検査及び調整、ラインの機械の調整及び治具取替え並びに一時的な女性社員の代役など、女性正社員及び臨時社員とは異なった業務に従事している。

(二) 部品組立前の準備作業

製造部のうち部品組立課は、部品組立前の準備作業をしており、そのうちのポイントカシメという作業を原告滝沢弘子と女性正社員一名の二名で担当している。

なお、同課では課長である男性正社員が課全体の管理、統括業務を行い、他にコイル剥離の作業を係長である男性正社員一名が、接点組立の作業を女性正社員と臨時社員各一名の二名が担当している。

(三) ホーンの梱包

営業本部内の製品管理部製品管理課は、管理職の多い数名の職場であり、原告今井祝江は梱包作業に従事している。

なお、同課では、次長待遇の課長である男性正社員が課全体の管理、統括業務を行い、課長である男性正社員三名が製品管理、梱包管理、発送管理の業務に従事している。

3  被告における賃金体系

(一) 正社員の賃金体系

(1) 月給

基本給(基準内賃金)、残業手当、役付手当、家族手当及び通勤手当からなりたっており、基本給は原則的には年功序列である。

ただし、正社員内でも男性と女性の基本給は同じ勤続年数であっても異なっている。

(2) 一時金

基準内賃金に一定の倍率を乗じ、これに一律額及び評価額を加算する。

(3) 退職金

基本給(基準内賃金)の半額に勤続年数を乗じ、一〇年以上の勤続者には一〇パーセントを加算する。

(二) 臨時社員の賃金体系

(1) 月給(日額計算を月ごとに支給)

基本給、特別手当及び残業手当からなりたっている。

基本給 一日の就業時間七時間三〇分(始業午前八時二〇分、終業午後四時四五分、休憩時間五五分)の対価として支払われる日給であり、勤続年数一〇年以上(Aランク)、三年以上一〇年未満(Bランク)及び三年未満(Cランク)の三段階に分かれ、それぞれ日給額が決められている。

特別手当 午後四時四五分から五時までの間の労働に対する基本給の三割増の割合による手当

残業手当 午後五時過ぎに残業をした場合に支給される基本給の三割増の割合による手当

(2) 一時金

基本給(日額)に出勤日数(月間)を乗じたものに、さらに一定の倍率を乗じ、これに評価額を加算する。

(3) 退職金

三年以上勤務した場合に支払われ、一〇年以上二〇年未満の臨時社員は、勤続年数に一万七〇〇〇円を乗じる。

4  被告におけるこれまでの従業員の採用経過

(一) 被告会社の従業員数は、昭和二四年の会社設立の際に二四名であり、昭和三九年一月にはこれが一六八名に達したが、そのほとんどは正社員(男性八二名、女性七九名)であって、例えば同月現在の臨時社員は七名(男性五名、女性二名)である。この間の女性臨時社員は、もともと男性独身寮の寮母であった女性が昭和三七年から会社の食堂に勤務することになって採用された者及び昭和三八年に組立ラインの作業員として採用勤務することになった者の二名であった。

当時の職務分担をみると、女性正社員のほとんどが組立ラインに就き、男性正社員は主にホーンの調整、検査業務等組立ライン以外の仕事に就いていた。

(二) 被告会社は、昭和三九年ころから、従業員数を急激に増加させ、毎年の入社従業員数は、昭和三九年から昭和四四年まで、順次、七五名(退社は三三名)、四五名(同二五名)、七三名(同二四名)、七三名(同三三名)、一〇六名(同五四名)、五九名(同五六名)であった。これにより昭和四五年一月現在の従業員数は、前後を通じて最高の三七五名となった。

女性臨時社員の採用も急増し、その人数は昭和四二年が五名、昭和四三年が四二名、昭和四四年が二〇名であった。このころも、女性社員が主として組立ラインの仕事、男性社員がそれ以外の仕事という構造は変わらず、したがって、当時増設された組立ラインに就く女性社員に正社員と臨時社員が存在するようになった。ただし、当時は、臨時社員が正社員の補佐的、準備的な仕事を担当していた。

(三) 昭和四五年以降は、全従業員の退社人数が入社人数を上回るようになり、特に昭和四九年以降は従業員全体の採用がほとんど一桁であって、一名だけということもあった。

この中で、女性臨時社員の採用も減少し、退社した女性臨時社員の人数にほぼ見合う位の採用をすることとなり、また、女性正社員の採用は、もともと女性臨時社員の大量採用によって減少していたが、さらに減少し、昭和五〇年以降はほとんど採用されておらず、例外的に採用される女性正社員は、受付ないし社長秘書としての採用であり、組立ラインには就いていない。男子正社員の採用も、概ね一年に一名採用するかしないかである。ただし、臨時社員について、その意思にかかわらず被告の側で雇用期間満了を理由に雇用契約の更新をしなかったことはない。

これにより従業員全体数も次第に減少し、平成六年一月現在の従業員は一五五名となったが、その内訳を昭和四四、五年当時と対比してみると、男性正社員は一六〇名前後が九〇名弱に減少、女性臨時社員が途中増減はあるものの五〇名弱でほぼ同じ、女性正社員が一五〇名余であったものが二〇名余に激減(主として昭和五〇年代前半までで減少)している。

女性臨時社員の仕事内容は、かつての補佐的、準備的なものから、もともと女性正社員が行なっていたのと同様のものになり、女性正社員の減少によりむしろ組立ラインの中心として働くようになった。

(四) 男性臨時社員は、右全体を通じて年間五名以内の採用で、採用のない年もあり、全体数に占める割合は極めて少ない。また、男性臨時社員には、正社員として定年を迎えた後に再雇用される嘱託も含まれている。

(五) 原告らを含む女性臨時社員に対しては、昭和四八年に特殊従業員就業規則が制定されてこれが適用されるようになった。

(六)募集採用方法

被告における正社員の募集は、職業安定所や学校へ求人票を出して行なうのが一般的であり、臨時社員の募集は、従業員の紹介による採用がほとんどである。

二  原告らの主張

1  以下のとおり、「臨時社員」たる地位は名目的なものである。

(一) 原告ら臨時社員の雇傭期間は、形式的には原則二か月の期間を更新することになっているが、採用時から反復継続していくことが予定されており、実質的には期間の定めのない契約であって正社員との間に雇傭期間の違いはなかった。現実にこれまで雇用期間満了による雇い止めがなされたことはない。

(二) 勤務時間も、正社員と同様であり、仕事内容も、正社員との間で違いがない。すなわち、女性臨時社員は、女性正社員と組立ラインの中ではまったく同一の業務に従事しているし、男性正社員の業務とも同価値と評価できるものである。

(三) 被告が原告らを臨時社員として採用したのは、もともと労働組合対策上組合員を増やさないとの不当労働行為意思に基づくものである。

2  被告の原告らに対する賃金支払行為は、次のとおり違法である。

(一) 被告は、男性に対しては既婚・未婚を問わず正社員として採用し、女性に対してのみ未婚者は正社員、既婚者は臨時社員として採用してその地位に留めて低い賃金を支払っているのであるから、これは労働基準法四条で禁止される男女差別である。

(二) 臨時社員という地位は名目的であり、これに基づき低い賃金を支払うことは、労働基準法三条で禁止する「社会的身分」による差別である。また、既婚・未婚により区別していることも「社会的身分」による差別にあたる。

(三) 正社員と臨時社員は同一(価値)労働に従事しており、それにもかかわらず臨時社員に低い賃金を支払うのは、同一(価値)労働同一賃金の原則という公序良俗に反する。

3  損害

(一) 臨時社員の賃金は、正社員の賃金と比べて著しく低く、被告の差別行為により、原則らは別紙三の1、2「原告ら賃金差別一覧表1」、「同一覧表2」の各「差別賃金額」欄記載のとおりの損害が生じた。

(二) 原告らは、被告の右賃金差別行為により多大な精神的損害を被っており、その慰謝料の額は、各原告につき別紙二「債権目録」の「慰謝料」欄記載の額を下回ることはない。

(三) 原告らは、被告の不法行為による損害回復のために弁護士を依頼したが、各原告につき別紙二「債権目録」記載の「弁護士費用」欄の額は不法行為と因果関係のある損害である。

4  結論

被告は、原告らに対し、既婚女性であることを唯一の理由として、臨時社員として採用し、在籍期間中は一貫してその地位に留め、正社員に比して低い賃金を支払っている。これは、憲法一四条、労働基準法三条、四条に違反する違法な差別行為であるから、原告らは、被告に対し、民法七〇九条の不法行為に基づき、右3項の損害合計である別紙二「債権目録」の「請求債権合計」欄記載の額の損害及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  「臨時社員」たる地位、すなわち臨時従業員制度自体は合理性のあるものである。

(一) 今日の経済体制を前提とする限り、雇傭量の調整手段として臨時雇傭という形態での短期的な労働契約は是認されるべきものである。被告は受注産業性の強い会社であり、雇用量の調整の必要は高い。臨時社員については、二か月の雇用契約を締結し、更新の回数を特定していないだけであって、期間の定めのない契約ではない。

(二) そして、被告は、本来有する採用の自由に基づき、組立ラインに従事する者として比較的年齢の高い家庭の主婦を採用しているのであり(未婚女性を採用した二名の例外は個別事情による。)、これには、以下のような合理性がある。

(1) 中高年の家庭の主婦は、一般的に言って継続年数が短期であり、雇傭調整の必要が生じた場合に対応が容易である。

(2) 組立ラインの仕事は単純な繰返し作業であり、このような作業は、概して男性には不向きで無理にさせてもすぐ飽きて能率が上がらないのに対し、女性は男性に比べて忍耐強く繰返し作業を厭わない傾向があるから、女性の方が適性がある。

(三) また、原告らは、原告ら臨時社員と、男性正社員との間の業務の同価値性を指摘するが、前者の従事する業務が単純な繰返し作業であるのに対し、後者のそれが一定の技術力を要する仕事であり、労働の内容・質において違いがあるほか、雇傭期間・人事異動の有無等でも違いがある。

2  被告は、違法な男女差別をしていない。

まず、採用における差別を考えると、使用者が労働者の採用において男女間で異なる取扱いをすること自体は「公の秩序」に違反するとは言えない。

また、その後の賃金格差についてみると、臨時社員と、男性正社員との間には、前記のとおり、その労働の内容・質のほか雇用期間・人事異動の有無等でも違いがあるのであって、賃金格差はそのような違いに由来する合理的なものである。

3  臨時社員という地位は、門地や出身等の生来の身分ではないから、労働基準法三条の「社会的身分」にあたらない。

4  現行法上、同一(価値)労働同一賃金の原則を定める規定はなく、また、同原則が「公の秩序」となっているという社会的経済的基礎も存在していない。

第三  当裁判所の判断

一1  原告らは、本件において、被告が行う男女差別行為の内実として、臨時従業員制度自体が名目的なものであって、男女差別行為が臨時従業員制度の名のもとに行われていると主張するのに対し、被告は、体質的に受注産業性が強く雇用調整の必要性が高いことなどから現在の被告における臨時従業員制度には合理的存在理由がある旨主張するので、まず、この点につき判断する。

2  原告らにおいて、臨時従業員制度が形骸化していることを示す事情として主張する事実のうち、

(一) 原告らを含む女性臨時社員は、雇用契約における雇用期間が二か月と定められているが、これまで、臨時社員の側の意思で自ら退社する場合を除くと、これが反復・継続する形で更新され、被告会社の側の都合で更新拒絶をしたことはないこと

(二) 右のような形での雇用期間は、短い者もいるが、原告らのように数年から二五年を越える者まで存在すること

(三) 女性臨時社員の多くは、少なくとも現在では、女性正社員と同じ組立ラインに配属され、同様の仕事に従事していること

は当事者間に争いがない。

また、証拠(原告永井喜ぬ代、同田村慶子、証人高野守行、甲四〇から五六、六二から七二)によれば、

(四) 原告ら女性臨時社員の採用の際には、被告の担当者から正社員と臨時社員の地位の違いなどの細かい説明はなされず、むしろ、雇用期間については二か月が前提ではあってもその更新が当然予定され、希望すれば長期間勤務できるような話がなされており、少なくとも事情のよくわからない新規採用の臨時女性社員にとっては自己の身分について明確な認識を持ち難い状況にあったこと

(五) その後の二か月ごとの契約更新も、雇用契約書が作成されて原告らに交付されはするものの、その作成は被告側に預けた印鑑を用いて形式的に繰り返されてきたこと

の各事実を認めることができる。

そうすると、このような状況では、雇用された臨時社員側からみれば、同じラインにいる女性正社員との差を感じず、臨時社員という地位が名目的であると感じるのは無理からぬところである。

3  しかし、前記前提事実に加え、証拠(証人高野守行、同櫻井誠、同宮沢博、甲八三、乙四〇から四三、乙九〇)によれば、臨時従業員制度につき以下の事実も認めることができる。

(一) 被告の主たる業務は自動車用ホーン・リレーその他の部品製造であるが、これは自動車メーカーの下請的仕事であって景気変動による受注の変化は避けられず、また、同種の製品を製造する会社は他にも存在するため、その下請会社間での競争に勝ち残るため機械による自動化などによる合理化の必要性もあること

(二) そもそも、被告が昭和四二年ころから女性臨時社員を大量に採用したのは、当時被告会社が自動車の普及に伴う受注増に応じて製造ラインを増やしたため人員増加の必要が生じたものの、若年層の求人が難しかったことから、比較的年齢の高い家庭の主婦をその担い手として採用したためであること

(三) 当初から予定されていたかどうかは明らかでないが、右の経過により採用された臨時社員が、雇用期間の長期化に伴い、それまで女性正社員の担当していたラインの仕事を何ら劣ることなく遂行するようになり、そのため、被告会社は、遅くとも昭和五〇年以降、ラインに従事する女性正社員の新規採用をやめ、ライン要員はすべて女性臨時社員として採用することとしたこと

(四) 昭和四七年以降、男性臨時社員は、七名採用されているが、うち三名は入社時六〇歳以上であり、他の者も四二歳以上であって、これらの者は、いずれも正社員になっておらず、雇用期間も一年前後以下の者が四名で、最長約八年六月であること

4  前項の事実によれば、被告会社において雇用調整の必要性があることは肯認することができ、その雇用調整の最も問題となるのが組立ライン要員であることは容易に推認できるところである。そして、被告は、臨時従業員制度を、基本的には女性臨時社員による製造ライン要員の採用形態として、景気による雇用需要の変動へも対応し易いものとして捉えてきたものと言うことができ、この点で臨時従業員制度の存在意義を認めることができるから、これを単なる名目的なものと判断することはできない。

5  原告らは、被告が臨時社員に対しこれまで現実に被告の都合による更新拒絶をしたことがないという点を指摘するが、被告の業種自体が景気変動の影響を受け易いものであること、これまでも確実に従業員数が減ってきていることからすれば、将来において自然退職との兼合いで従業員削減による合理化の必要が生じ得ることは容易に予想されるところであるから、この点は右判断に影響を及ぼすものではない(これまでに更新拒絶がなかったことも、その必要がまったくなかったのか、必要性は生じたものの、更新拒絶によって発生する問題等との比較考慮から、自然退職による人員減少を期待してとりあえず更新拒絶を避けて切り抜けてきただけなのかも問題である。)。

また、雇用期間の更新が相当期間繰り返されることにより、その雇用契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならないと認められ、雇い止めによる更新拒絶が解雇権の濫用にあたるとして許されない場合があるとしても、その濫用の評価において、例えば整理解雇を必要とするような場合には、臨時社員に対しては正社員と異なった基準が考えられるし、そもそも、そのような状態になっていない臨時社員の雇用期間を更新しないことで人員削減もできるのであるから、臨時従業員制度自体が無意味ということにはならない。

6  さらに、原告らは、被告の臨時従業員制度が労働組合弱体化のための不当労働行為として用いられてきたのであり、その意味で名目的であるとの主張もするようである。

しかしながら、被告における労働組合がその実体を備えて活動を始めたのは、すでにかなりの数の臨時社員が採用された後である昭和四八年のことであると認められる上(証人内田純一、甲七八)、経営者側としては、組立ライン要員として同様の仕事ができる以上正社員よりも賃金が低い臨時社員を雇いたいという要求は通常考えられることであり、逆に、労働組合側とすれば、当時の組織状況や運動論を別にすると、臨時社員を組合員に取り込めば組合員の確保に問題もない(現に平成二年からは臨時社員にも組合員資格を与えている。証人内田純一、甲七五)のであるから、この臨時従業員制度ないし臨時社員の採用自体が不当労働行為であると推認すべき事情は見当たらず、原告らの主張は採用できない。

7  なお、原告らは、臨時社員と正社員の業務が同一ないし同価値であることも原告らが名目的な臨時社員であることの理由としているが、右のとおり、雇用期間の点で「臨時」にする意義が認められる以上、ここではこの点をさらに問題にする必要はない。

二  被告における臨時従業員制度が名目的なものと言えないことは前記のとおりであるが、原告らは、被告の原告らに対する違法な差別行為が臨時従業員制度の名のもとに行われていると主張し、その違法性を(1)男女差別、(2)身分による差別、(3)同一(価値)労働同一賃金原則違反の三つの観点から指摘しているので、以下順次検討する。

三  男女差別について

1  まず、被告の臨時従業員制度においては正社員と臨時社員の賃金体系が異なり、臨時社員の賃金が同時期に採用された正社員に比して低いことは前記前提事実記載のとおりであるので、被告がこの臨時従業員制度の運用において労働基準法四条等で禁止される男女差別を行なっているかどうかについて検討する。

この場合、原告らを二つに分けて考慮する必要がある。すなわち、昭和五〇年ころ以降は、もはや組立ライン要員としての正社員の採用はなく、被告は、臨時従業員制度を、基本的には女性臨時社員による組立ライン要員の採用形態として捉え、その他の業務について正社員を採用するという体制が確立していると見られるのに対し、それ以前の原告荻原よし子、同永井喜ぬ代及び同今井かつ子が採用された昭和四三年当時は、組立ライン要員として女性正社員が採用されており、女性臨時社員はその補佐的、準備的要員として採用されていたのであって、この両者では臨時従業員制度の持つ意味自体変化しているとも考えられるからである。

2  昭和五〇年ころ以降採用された原告らについて

(一) 昭和五〇年ころ以降、被告が、臨時従業員制度を主として組立ライン要員の採用形態として捉え、これに原告らを含む既婚女性を採用し、正社員については採用自体少ないものの、主として男性ないし未婚女性を採用していることは前記前提事実記載のとおりである。そして、このような採用形態とした理由として、被告は、(1)ラインの組立作業は単純な繰返し作業であるが、このような作業については女性の方が適している、(2)中高年の家庭の主婦を対象とした採用が容易である、との理由を主張している。しかし、前者の適性があるか否かは本来個人的問題であり、性による適正の有無が科学的に正当であるか否かも疑問である上、仮にこれが統計的には認められるとしても、そのことを理由に個人の適性を無視して性を区別基準とすることはまさに不当な男女差別をもたらす原因となるものであって妥当ではない。また、後者の採用の容易性は、募集の結果そのような人々が集まったという結果としては考えられることであっても、そもそもそのような人しか採用しないことを正当化する理由になるものではない。これらの点では、臨時社員に中高年の主婦のみを採用し、男性又は未婚女性を採用しないことには合理的理由がないということにはなる。

しかしながら、これはライン要員たる臨時社員として男性又は未婚女性を採用しないことが不合理であるということにとどまり、臨時社員たる原告らの差別の問題にはならない。原告らが違法に差別されているというためには、まさに原告らが採用される際に、女性であることを理由に男性とは異なる不利益な扱いを受け、これが法規範に違反していると認められることが必要なのである。ところが、本件においては、前記のとおり、昭和五〇年ころ以降は、臨時社員はライン要員、正社員はその他の業務というように予定される職種が異なり、その募集・採用方法も異なっていたほか、正社員の採用が極めて少なくなっていたという事情が存在するところ、原告らはライン要員としての募集に対して採用されたのであるから、そもそも原告らが採用される際に、男女差別がなければ正社員として採用されたというような状況ではない。したがって、原告らが男性であったとすれば、むしろ被告における採用の対象にならなかったと考えられるのであり、原告らが主張するように、正社員として採用されたはずであるのに、女性であるが故に不利益な取扱いを受けたとは認めることはできない。

(二) 右のとおり採用時における差別は認められないとしても、さらに、その後の待遇における男女差別の問題は生じ得るところである。そして、原告らは、臨時社員として採用された男性は正社員となったのに対し、女性臨時社員については正社員となる制度がないとして、男性臨時社員との差別を主張する。しかし、被告において男性臨時社員については一定期間で正社員に採用するというような制度も慣例も認められないこと、そもそも昭和四七年以降採用された男性臨時社員は七名(このうち嘱託ではない臨時社員は一部)であるところ、これらの者は誰も正社員となっていないこと、昭和四三、四年に合計三名の男性臨時社員が正社員になっているが、それぞれ個別に正社員として採用する事情が存在している(甲八三、乙九〇)のに対し、原告らにおいてはいずれもそのような個別の事情が主張されていないことからすると、臨時社員内部における男女差別があったものと認めることはできない。

また、原告らにおいて男女を問わず正社員との待遇差別を主張する部分は、臨時従業員制度の存在意義が認められる以上、正社員と臨時社員とでは前提となる雇用契約が異なるのであるから、臨時従業員制度において正社員と臨時社員に賃金格差を設けることが違法かどうかの問題であって、男女差別の問題ではないと言うべきである。

3  昭和四三年に採用された原告らについて

この当時、被告は既婚女性を臨時社員として採用していたのであり、このことに必ずしも合理性がないことは前記のとおりである上、当時はライン要員として正社員も採用していたのであるから、原告らが正社員として採用される余地が全くなかったという状況でもないと考えられる。したがって、原告らが正社員ではなく臨時社員として採用されたことが、労働基準法三条、四条で禁止する差別的取扱いに該当するとすれば、違法な差別となり得ることになる。

しかしながら、ここでもこれを違法な差別ということはできない。

すなわち、労働基準法三条及び四条は、いずれも雇入れ後の労働条件についての差別を禁止するものであり、雇い入れの自由を制限するものではないと解するのが相当である。この点、「同一価値労働に対する男女労働者同一賃金に関する条約」が昭和二六年にILOで採択され、昭和四二年に日本も批准するなど、これを初めとする男女差別をなくそうとする動きは国際的な流れであることは公知の事実であり、最近ではいわゆる男女雇用機会均等法が立法化されるなど、男女平等については雇入れについても法的な規制をすることが要請されつつあると見られるが、募集・採用については未だ事業主の努力義務を定めたに留まるものと理解され、これに反することが直ちに違法であると言うことはできないのであり、未だ社会的な情勢も現在と異なる昭和四三年当時であれば、なおさら雇入れにおける男女平等が公序良俗として要請されていたとは言い難い。

そして、本件においては、被告において景気の変動等に対応するため臨時社員を採用することに合理性が認められることは前記のとおりであり、その際臨時社員を組立ライン要員たる正社員の補佐的、準備的業務に充てるということも当然被告の決定し得る事柄であるから、採用時の区別は、結局のところ、正社員として誰を採用するか、臨時社員として誰を採用するかといった採用自体の問題であると言わざるを得ない。したがって、この被告の行為を違法であると評価することはできない。

この点、女性臨時社員も女性正社員もいずれも被告の従業員であることに変わりはないから、単純な採用差別ではなく、採用することを前提としたその後の待遇の差別であると見る余地がありそうにも考えられる。しかし、採用手続が全く同じであって、同時に同じ手続で入社しながら自己の意思にかかわらず振り分けられたなどの特段の事情があれば格別、異なった採用手続で個別に雇用契約を結んでいる以上契約締結の自由の範囲内であると言わざるを得ない。

四  身分による差別について

1  原告らは、「臨時者という名目的な地位」が差別的取扱いを禁止する労働基準法三条に定める「社会的身分」にあたる旨主張する。しかし、臨時社員が名目的とは言えないことは前記のとおりであるから、結局は「正社員」「臨時社員」といった区別が身分による差別にあたるかどうかという問題である。

そうすると、労働基準法三条に定める社会的身分とは、生来的なものにせよ、後天的なものにせよ、自己の意思によって逃れることのできない社会的な分類を指すものであり、「正社員」「臨時社員」の区別は、雇用契約の内容の差異から生じる契約上の地位であるから、同条に定める身分には該当しないと言わざるを得ない。何らかの理由で区別して採用し、その地位に留めているとすれば、その採用ないし地位に留めることの区別理由自体が問題とされるべきであり、その結果として生じた地位に基づく差別と評価されるものではない。

2  原告らは、「既婚」「未婚」の区別が「社会的身分」による差別であるとも主張するが、これが社会的身分ないしそれに準ずるものであるとしても、結局は男女差別とほぼ同じ主張であるから(原告ら自身、女性についてのみ既婚・未婚の区別をすることはまさに男女差別であると主張している。)、前記男女差別の項で述べたところと同様の理由で、違法な差別とは認められないこととなる。

五  同一(価値)労働同一賃金原則違反について

1  原告らは、原告ら臨時社員と正社員の労働ないし労働価値が同一であるから、被告が原告らに正社員と異なった低い賃金を支払うことは同一(価値)労働同一賃金の原則に反して違法であると主張する。これは、臨時従業員制度において正社員と臨時社員の賃金格差を設ける行為自体が違法であるかどうかの問題であり、原告らの主張する同一(価値)労働同一賃金の原則が、法規範として存在しているかどうかの問題である。

2  しかしながら、同一(価値)労働同一賃金の原則が、労働関係を規律する一般的な法規範として存在していると認めることはできない。

すなわち、使用者が雇用契約においてどのように賃金を定めるかは、基本的には契約自由の原則が支配する領域であり、労働者と使用者との力関係の差に着目して労働者保護のために立法化された各種労働法規上の規制を見ても、労働基準法三条、四条のような差別禁止規定や賃金の最低限を保障する最低賃金法は存在するものの、同一(価値)労働同一賃金の原則についてこれを明言する実定法の規定は未だ存在しない。それでは、明文の法規はなくとも「公の秩序」としてこの原則が存在すると考えるべきかと言うと、これについても否定せざるを得ない。それは、これまでのわが国の多くの企業においては、年功序列による賃金体系を基本とし、さらに職歴による賃金の加算や、扶養家族手当の支給などさまざまな制度を設けてきたのであって、同一(価値)労働に単純に同一賃金を支給してきたわけではないし、昨今の企業においては、従来の年功序列ではない給与体系を採用しようという動きも見られるが、そこでも同一(価値)労働同一賃金といった基準が単純に適用されているとは必ずしも言えない状況であるからである。しかも、同一価値の労働には同一の賃金を支払うべきであると言っても、特に職種が異なる労働を比べるような場合、その労働価値が同一であるか否かを客観性をもって評価判定することは、人の労働というものの性質上著しい困難を伴うことは明らかである。本件においても、原告ら臨時社員とその他の作業に従事する男性正社員との業務内容の差異について、原告らはその価値に差はない旨主張し、被告は質的に男性正社員の業務が高度であるとして激しく争っているところであるが、証拠(原告永井喜ぬ代、同田村慶子、証人宮沢博、検証の結果(第一回)、甲九一、一一二から一一八、乙七二から七五)によれば、原告らの組立ラインにおける作業は、繰返しの作業ではあるものの、短時間に多数の工程をこなす必要があるものでかなりの熟練を要すること、そもそもホーン等の製品製造を主たる業務とする被告において、ライン作業は基幹的部分とも言える重要性をもっていることは明らかであり、他の種々の業務に携わっている男性正社員に比べて一概に労働価値が低いなどと言えるものではないと考えられるが、これをまったく同一の価値と評価すべきか、何パーセントは男性正社員の労働の価値が高いと評価すべきかということは極めて困難な問題である。要するに、この同一(価値)労働同一賃金の原則は、後述するように不合理な賃金格差を是正するための一個の指導理念とはなり得ても、これに反する賃金格差が直ちに違法となるという意味での公序とみなすことはできないと言わなければならない。

3  このように、同一(価値)労働同一賃金の原則は、労働関係を一般的に規律する法規範として存在すると考えることはできないけれども、賃金格差が現に存在しその違法性が争われているときは、その違法性の判断にあたり、この原則の理念が考慮されないで良いというわけでは決してない。

けだし、労働基準法三条、四条のような差別禁止規定は、直接的には社会的身分や性による差別を禁止しているものではあるが、その根底には、およそ人はその労働に対し等しく報われなければならないという均等待遇の理念が存在していると解される。それは言わば、人格の価値を平等と見る市民法の不偏的な原則と考えるべきものである。前記のような年齢給、生活給制度との整合性や労働の価値の判断の困難性から、労働基準法における明文の規定こそ見送られたものの、その草案の段階では、右の如き理念に基づき同一(価値)労働同一賃金の原則が掲げられていたことも想起されなければならない。

したがって、同一(価値)労働同一賃金の原則の基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において、ひとつの重要な判断要素として考慮されるべきものであって、その理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗違反の違法を招来する場合があると言うべきである。

六  右の観点から、本件における原告ら女性臨時社員と正社員との賃金格差について検討する。

これまで述べた本件における状況、すなわち、原告らライン作業に従事する臨時社員と、同じライン作業に従事する女性正社員の業務とを比べると、従事する職種、作業の内容、勤務時間及び日数並びにいわゆるQCサークル活動への関与などすべてが同様であること、臨時社員の勤務年数も長い者では二五年を超えており、長年働き続けるつもりで勤務しているという点でも女性正社員と何ら変わりがないこと、女性臨時社員の採用の際にも、その後の契約更新においても、少なくとも採用される原告らの側においては、自己の身分について明確な認識を持ち難い状況であったことなどにかんがみれば、原告ら臨時社員の提供する労働内容は、その外形面においても、被告への帰属意識という内面においても、被告会社の女性正社員と全く同一であると言える。したがって、正社員の賃金が前提事実記載のとおり年功序列によって上昇するのであれば、臨時社員においても正社員と同様ないしこれに準じた年功序列的な賃金の上昇を期待し、勤務年数を重ねるに従ってその期待からの不満を増大させるのも無理からぬところである。

このような場合、使用者たる被告においては、一定年月以上勤務した臨時社員には正社員となる途を用意するか、あるいは臨時社員の地位はそのままとしても、同一労働に従事させる以上は正社員に準じた年功序列制の賃金体系を設ける必要があったと言うべきである。しかるに、原告らを臨時社員として採用したままこれを固定化し、二か月ごとの雇用期間の更新を形式的に繰り返すことにより、女性正社員との顕著な賃金格差を維持拡大しつつ長期間の雇用を継続したことは、前述した同一(価値)労働同一賃金の原則の根底にある均等待遇の理念に違反する格差であり、単に妥当性を欠くというにとどまらず公序良俗違反として違法となるものと言うべきである(なお、前提事実記載のとおり、臨時社員にもその勤続年数に応じその基本給ABCの三段階の区分が設けられていたが、その額の差はわずかで、かつ勤続一〇年以上は一律であることから、正社員の年功序列制に準ずるものとは到底言えない。)。

もっとも、均等待遇の理念も抽象的なものであって、均等に扱うための前提となる諸要素の判断に幅がある以上は、その幅の範囲内における待遇の差に使用者側の裁量も認めざるを得ないところである。したがって、本件においても、原告ら臨時社員と女性正社員の賃金格差がすべて違法となるというものではない。前提要素として最も重要な労働内容が同一であること、一定期間以上勤務した臨時社員については年功という要素も正社員と同様に考慮すべきであること、その他本件に現れた一切の事情に加え、被告において同一(価値)労働同一賃金の原則が公序ではないということのほか賃金格差を正当化する事情を何ら主張立証していないことも考慮すれば、原告らの賃金が、同じ勤続年数の女性正社員の八割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに越え、その限度において被告の裁量が公序良俗違反として違法となると判断すべきである。

七  損害額の算定

1  原告ら臨時社員の賃金

(一) 各年における臨時社員の基本給の日額、これに特別手当を加算した日額、出勤日数がそれぞれ別紙四「賃金計算基本数値一覧」の各該当欄記載のとおりであること、また、一時金が「基本給日額×月間出勤日数×倍率+評価額」の計算式で定められ、その各項目の数字(評価額は最低値)が各年ごとに同別紙の「臨時社員一時金計算式」部分に記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

(二) 右数値をもとに、原告らが受け取った日給合計及び一時金を併せた各年の賃金額を計算すれば、別紙五から七「臨時社員の賃金計算表(平成二年から平成七年まで)」に記載のとおりとなる。ただし、残業手当については原告らは請求しておらず、また、原告らの個別の欠勤、遅刻等については被告が主張しないので、これらにより生じる変動は無視する。

また、原告直井和子が平成七年五月三一日に退職し、同年四月から退職日までの出勤日数が四二日であること、原告深井八重子が平成六年三月二八日に退職したこと、また、原告直井和子の日額が平成六年四月以降昇給しなかったことは当事者間に争いがないので、同原告らにおいては、その数字を前提とする。

2  女性正社員の賃金

(一) 女性正社員のうち別紙八から十「正社員の賃金計算表(平成2年から平成7年)」の「氏名」欄記載の女性正社員の基準内賃金月額が同各表の「月額」欄記載のとおりであること、正社員の一時金が「基準内賃金×倍率+評価額」の計算式で定められ、その各項目の数字(評価額は最低値)が各年ごとに別紙四「賃金計算基本数値一覧」の「正社員一時金計算式」部分に記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

また、弁論の全趣旨によれば、被告が支払いを予定していた各年の初任給月額が別紙八から十「正社員の賃金計算表(平成2年から平成7年)」の各表「月額」欄最下段の額であると認め、あるいは想定することができる。

(二) 女性正社員の賃金が年功序列であることは前記前提事実記載のとおりであるが、現実に毎年女性正社員が採用されているわけではないので、各年における正社員の賃金は現実には存在しない。しかしながら、損害計算の前提としては、現実に判明する勤続年数が最も短い正社員の月額賃金と、初任給月額とを勤続年数で均等に案分した額であると考えるのが相当である(原告らは、基準内賃金が一〇〇円単位であるとして割り振っているが、概念上の数値であるから、一〇〇円未満の端数があっても均等に割り振るのが妥当である。)。

(三) 右数値をもとに、女性正社員が受け取ったであろう各年の賃金額(ただし、残業手当等による増減を無視)を計算すれば、別紙八から十「正社員の賃金計算表(平成2年から平成7年)」の各表「合計」欄記載のとおりとなる。

3  原告直井和子及び同深井八重子の退職金

同原告らが受け取った退職金が、それぞれ二五万一〇〇〇円及び一八万七〇〇〇円であること、

原告直井 17,000×14.75=251,000

原告深井 17,000×11=187,000

及び、勤続が同じ正社員が退職したときに受け取るであろう退職金がそれぞれ一五二万六〇〇〇円及び一〇三万五〇〇〇円であること

178,000×1/2×14.75×1.1=1,526,000

171,000×1/2×11×1.1=1,035,000は当事者間に争いがない。

4  差額

右1項で計算した各原告の賃金額と、2項で計算した女性正社員の各年の賃金の八割(別紙八から十「正社員の賃金計算表(平成2年から平成7年まで)」の「8割」欄記載の額)との差額は、各年ごとに計算すると別紙一「損害額一覧表」の平成2年から平成7年の各欄記載のとおりであり(途中退職者はその期間に応じて計算する。)、また、原告直井和子及び同深井八重子の右3項記載の退職金について、同様の方法により計算すると、同別紙「退職金」欄記載のとおりである。それぞれの合計は同別紙「認容額」欄記載のとおりであって、これが被告の違法行為により各原告に生じた賃金格差相当の損害額となる。

5  慰謝料

原告らは、被告の違法行為により精神的損害を被ったとして慰謝料を請求しているが、その違法行為の内容は賃金格差を設けることによって経済的損害を生じさせたものであるから、その経済的損害が補填されれば他に慰謝料請求権は発生しないと解するのが相当である。

6  弁護士費用

原告らの本件請求は不法行為に基づく損害賠償であるが、実質は差額賃金の請求であって賃金差額以上の弁護士費用が被告の行為に基づく相当因果関係のある損害と認めることはできない。

八  結論

以上によれば、別紙当事者目録番号1から26の各原告の請求は、別紙一「損害額一覧表」の「認容額」欄記載の各金員及びこれに対する遅延損害金を請求する限度で理由があり、同目録番号27及び28の各原告の請求はいずれも全部理由がない。

(裁判長裁判官北澤貞男 裁判官林正宏 裁判官鹿野伸二)

別紙一

損害額一覧表

平成2年

平成3年

平成4年

平成5年

平成6年

平成7年

退職金

認容額

氏名

1

荻原よし子

185,598

417,914

439,525

445,170

469,325

274,323

2,231,855

2

永井喜ぬ代

185,598

417,914

439,525

445,170

469,325

274,323

2,231,855

3

今井かつ子

173,646

386,503

405,766

411,890

436,025

255,514

2,069,344

4

手塚圭美

49,438

159,713

196,450

204,530

228,677

139,467

978,275

5

直井和子

29,254

79,492

111,366

116,210

195,659

23,772

969,800

1,525,553

6

山本きぬ子

29,254

79,492

111,366

116,210

138,835

88,074

563,231

7

横山民子

13,039

94,229

83,010

86,770

108,892

70,935

456,875

8

山本敏子

13,039

94,229

83,010

86,770

108,892

70,935

456,875

9

深井八重子

0

64,048

108,907

57,330

641,000

871,285

10

中村凌子

0

64,048

108,907

57,330

78,948

53,804

363,037

11

田村慶子

0

64,048

108,907

57,330

78,948

53,804

363,037

12

新井トヨ子

0

33,880

80,550

81,600

49,005

36,674

281,709

13

滝沢弘子

0

33,880

80,550

81,600

49,005

36,674

281,709

14

雨宮幸子

0

3,699

52,180

52,160

74,169

19,542

201,750

15

金子とも子

0

3,699

52,180

52,160

74,169

19,542

201,750

16

小田切正美

0

3,699

52,180

52,160

74,169

19,542

201,750

17

成沢さき子

0

3,699

52,180

52,160

74,169

19,542

201,750

18

滝沢貴美子

0

3,699

52,180

52,160

74,169

19,542

201,750

19

宮坂佐登子

0

3,699

52,180

52,160

74,169

19,542

201,750

20

今井祝江

0

0

23,823

22,720

44,226

33,401

124,170

21

柳沢道子

0

0

23,823

22,720

44,226

33,401

124,170

22

磯きよみ

0

0

23,823

22,720

44,226

33,401

124,170

23

田中鈴江

0

0

23,823

22,720

44,226

33,401

124,170

24

清水美智子

0

0

23,823

22,720

44,226

33,401

124,170

25

山村明子

0

0

23,823

22,720

44,226

33,401

124,170

26

雨宮ヨシ子

0

0

0

0

14,282

16,263

30,545

27

中村三好

0

0

0

0

0

0

0

28

清水力江

0

0

0

0

0

0

0

別紙二

債権目録

原告

賃金差別相当額(円)

慰謝料(円)

弁護士費用(円)

請求債権合計(円)

90.10–93.9

93.10–95.10

小計

1

荻原よし子

3,119,997

2,347,454

5,467,451

2,730,000

540,000

8,737,451

2

永井喜ぬ代

3,119,997

2,347,454

5,467,451

2,730,000

540,000

8,737,451

3

今井かつ子

3,002,795

2,261,519

5,264,314

2,630,000

520,000

8,414,314

4

手塚圭美

2,231,222

1,726,981

3,958,203

1,970,000

390,000

6,318,203

5

直井和子

1,969,419

2,511,671

4,481,090

2,240,000

440,000

7,161,090

6

山本きぬ子

1,969,419

1,495,512

3,464,931

1,730,000

340,000

5,534,931

7

横山民子

1,914,155

1,416,987

3,331,142

1,660,000

330,000

5,321,142

8

山本敏子

1,914,155

1,416,987

3,331,142

1,660,000

330,000

5,321,142

9

深井八重子

1,868,231

1,155,692

3,023,923

1,510,000

300,000

4,833,923

10

中村凌子

1,868,231

1,340,968

3,209,199

1,600,000

320,000

5,129,199

11

田村慶子

1,868,231

1,340,968

3,209,199

1,600,000

320,000

5,129,199

12

新井トヨ子

1,795,092

1,290,713

3,085,805

1,540,000

300,000

4,925,805

13

滝沢弘子

1,795,092

1,290,713

3,085,805

1,540,000

300,000

4,925,805

14

雨宮幸子

1,694,912

1,267,295

2,962,207

1,480,000

290,000

4,732,207

15

金子とも子

1,694,912

1,267,295

2,962,207

1,480,000

290,000

4,732,207

16

小田切正美

1,694,912

1,267,295

2,962,207

1,480,000

290,000

4,732,207

17

成沢さき子

1,694,912

1,267,295

2,962,207

1,480,000

290,000

4,732,207

18

滝沢貴美子

1,694,912

1,267,295

2,962,207

1,480,000

290,000

4,732,207

19

宮坂佐登子

1,694,912

1,267,295

2,962,207

1,480,000

290,000

4,732,207

20

今井祝江

1,594,732

1,222,420

2,817,152

1,400,000

280,000

4,497,152

21

柳沢道子

1,594,732

1,222,420

2,817,152

1,400,000

280,000

4,497,152

22

磯きよみ

1,594,732

1,222,420

2,817,152

1,400,000

280,000

4,497,152

23

田中鈴江

1,594,732

1,222,420

2,817,152

1,400,000

280,000

4,497,152

24

清水美智子

1,594,732

1,222,420

2,817,152

1,400,000

280,000

4,497,152

25

山村明子

1,594,732

1,222,420

2,817,152

1,400,000

280,000

4,497,152

26

雨宮ヨシ子

1,494,552

1,143,895

2,638,447

1,310,000

260,000

4,208,447

27

中村三好

1,322,255

990,951

2,313,206

1,150,000

230,000

3,693,206

28

清水力江

1,322,255

990,951

2,313,206

1,150,000

230,000

3,693,206

合計

52,312,962

40,007,703

92,320,665

46,030,000

9,110,000

147,460,665

別紙三の一 原告ら賃金差別一覧表一<省略>

別紙三の二 原告ら賃金差別一覧表二<省略>

別表四

賃金計算基本数値一覧

臨時社員の日額計算による賃金計算の基本数値

基本給日額

特別手当を加算した日額

出勤日数

ランク

A

B

C

A

B

C

(日)

H2.10-H2.12

5,200

5,050

5,000

5,426

5,269

5,217

70

H3.1-H3.6

5,240

5,090

5,040

5,467

5,311

5,259

132

H3.7-H4.3

5,490

5,340

5,290

5,728

5,572

5,519

202

H4.4-H4.12

5,750

5,600

5,550

5,999

5,843

5,791

200

H5.1-H5.3

5,771

5,621

5,571

6,021

5,865

5,813

65

H5.4-H5.12

5,992

5,842

5,792

6,252

6,095

6,043

201

H6.1-H6.3

6,015

5,865

6,276

6,119

64

H6.4-H7.3

6,175

6,020

6,443

6,281

266

H7.4-H7.10

6,343

6,188

6,618

6,457

154

臨時社員一時金計算式

正社員一時金計算式

平成2年末 基本給日額×22.5×2.12+2,000

平成3年夏 基本給日額×22.33×1.98+2,000

平成3年末 基本給日額×22.33×2.022+2,000

平成4年夏 基本給日額×22.25×1.94+2,000

平成4年末 基本給日額×22.25×1.93+2,000

平成5年夏 基本給日額×22.16×1.853+2,000

平成5年末 基本給日額×22.16×1.7887+2,000

平成6年夏 基本給日額×22.084×1.742+2,000

平成6年末 基本給日額×22.084×1.768+2,000

平成7年夏 基本給日額×22.084×1.81+2,000

平成2年末 基準内賃金×2.3+22,000

平成3年夏 基準内賃金×2.16+14,000

平成3年末 基準内賃金×2.2+15,400

平成4年夏 基準内賃金×2.12+12,000

平成4年末 基準内賃金×2.11+13,000

平成5年夏 基準内賃金×2+12,000

平成5年末 基準内賃金×2+6,000

平成6年夏 基準内賃金×1.983+2,000

平成6年末 基準内賃金×2.026+2,000

平成7年夏 基準内賃金×2.043+2,000

別紙五乃至一〇 臨時社員の賃金計算表<省略>

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